2019.6「脱孤独」

また、痛ましい事件が起きてしまいました。原因の一つとしてメディアでも問われる孤独。そして、その度に問われる子どもの安全と教育。
私は20代のころ防犯機器の営業をしていましたが、物理的な面でも経済的な面でも人間の起こすこのような事件を完全に防ぐことは難しいと感じていました。特に人の憎悪や嫉妬などの感情は人に話せないことも多く、孤独であればあるほど自分の中で勝手な解釈も加わり増幅していくのです。孤独の是非が問われていますが、やはり集団生活を何千年も前からしている人間が孤独を是とするべきではないと私は思います。
では、脱孤独に対して出来ることはなにか?
一つの手段は壁をつくらないことではないでしょうか。人と人が同じ空間にいることが大切です。そして、その状態を居心地よく思えるようになること、育つこと、育てることが大切だと思います。
 壁は物理的な部屋の壁はもちろんですが、私にはSNSも壁の一つだと思います。私も高校生・大学生の頃は、自分の部屋が居心地よく、部屋にいることも多かったですが、部屋にいると家族とのコミュニケーションが「お腹が空いた!」「ごはんは何時か?」「明日は部活で飯はいらない。」など主張や報告だけになりやすく、希薄化します。SNSも主張や報告が多く、SNSで突然「今日はいい天気だね。」とだけ送る人はいないと思います。しかし、同じ空間にいると、「今日暑くない?」など、たわいない会話もあるでしょう。また、SNSは現在では中高生にもなるとコミュニケーションの一つとして、やってなければ仲間はずれの対象にもなることがあるようですが、SNSは主張が多いため解釈の違いによって誤解という壁をつくってしまい、いじめにも発展します。大人の世界でも会って話をしていれば、この様ないざこざにはならなかったのにとLINEで送ったメッセージを後悔することはないでしょうか。SNSは世界中の人と人をつなげ、壁を越える素晴らしいツールでもあるので、世の中からなくなることはないですが、子どもたちには、まずSNSの様なものに頼らず、身近な友達と会ってたあいもない話をすること、同じ空間にいることが楽しいと思えるように育ってもらいたいものです。

 この夏、くりーふも120名を超える子どもたちにキャンプに参加してもらいます。毎回、私が見る嬉しい光景は、子どもたちが海遊びや川遊びで水をかけ合っている姿よりも、知らないもの同士だった子どもたちが仲良くなって「また、次のキャンプで会おうね!」と握手をしたり、肩を組んだりして、声をかけ合っている姿です。壁を壊す喜びを分かち合っているかのようです。リーダーたちも同じ空間で寝食を共にし、大広間にいる大家族のような感じになります。
「空気が美味しいね!」
同じ空気を味わい、こう言えるためには壁をつくらないことではないでしょうか。

Culeafまつい