株式会社くりーふ

スポーツクラブを「SPAMO(スパモ)」に改名!

くりーふスポーツクラブが「SPAMO(スパモ)」にスクール名を変更します!

スクール名を新たにプログラムも更に強化し、すべてのスポーツの土台をつくっていきます。

パンフレットも各教室に置いていますので、手にとってご覧いただき、お友達のご紹介をお願いいたします。

 

【中止のお知らせ】4月3日 スペシャルWS

4月3日予定しておりました、SPECIAL WSは、コロナウイルス感染拡大に伴う影響を考慮し中止することにいたしました。

ご参加を楽しみにしていただいていた方、申し訳ございません。

またの機会にご参加ください。

 

3月練馬校OPEN!!火曜日クラス

くりーふダンススクール練馬校が開校いたします!!
スタジオも練馬駅徒歩5分の好立地!
ジャンルはJAZZ HIPHOP!

まずは3月の無料体験会にご来室ください!

<概要>
インストラクター:MIYU
開講曜日:火曜日
クラス:
15:30-16:20 Aクラス 初級(年中・年長)
16:30-17:30 Bクラス 初級(小学生)
17:40-18:40 Cクラス 中上級(小中学生)

スタジオ:練馬区豊玉北6-13-4 第10小野ビル2F スタジオジョイ
※練馬区役所のすぐ向かいです。

無料体験日 
3/10
3/17 
3/24
3/31
※この期間何度でも体験無料

<体験申し込み>

体験申し込みフォーム

2019.10[3人目になるためには…]

私は、先日、子どもたちに紹介したい書籍を探すため、書店に立ち寄りました。そこで、知人に勧められたイソップ童話があったことを思い出し、「3人のレンガ積み職人」という本も探すことにしました。その本を手に取ると、幼き頃の自分と重なる点があると感じる物語で、吸い込まれるかのように自分の中に入っていきました。今回は、その物語を皆様にお伝えしようと思います。

世界中を旅している旅人が,汗を流してレンガを積んでいる3人の男に出会ったことから始まっています。
旅人は、3人の男に「ここでいったい何をしているのですか?」とたずねました。すると3人は、それぞれ答えました。
1人目の職人は、「見ればわかるだろう。レンガ積みをしているのさ。」
2人目の職人は、「ここで大きな壁を作っているんだ。大変だけど、賃金が良いからやっているんだ。」
3人目の職人は,目を輝かせてこう答えました。「歴史に残る、大聖堂の建築に貢献しているんだ。」
同じレンガを積むという作業でも、その向き合い方により、作業の意味が大きく変わることが分かります。1人目の職人は、自身の仕事に全く目的を持っていません。2人目の職人は、生活のためという目的は明確ですが、賃金以外の部分に価値を見出していません。一方で、3人目の職人は、見返りを求めるのではなく、大きな視野と「後世に残る立派な大聖堂を観てほしい」という、高い目的意識を持てていますね。
同じ作業でも、目標や使命感を持つことで、その取り組み姿勢に大きな違いが生まれることもわかります。
私には、一番目の職人と同じ様な経験がありました。それは、小学生のころ所属していた少年野球チームでのお話です。野球のルールも知らず、見るのも好きではなかった野球。ただ、クラス全員がやっていたからという、安易な考えで所属をさせられ、目的や目標もなくやっていた為、練習にも身が入らず、毎週の練習をこなすことしか考えていませんでした。結果六年生まで続けた野球で得た物は少なく、苦痛であった想いしか残りませんでした。自分の意志で始め、目標をもって取り組めた、中学の陸上や、高校・大学でのバレーボールで得たことのほうが、何倍も何十倍も大きいと感じました。
子どもたちが取り組む日々の勉強や学級活動等にも、同じことが言えるのではないでしょうか。どんなことでも、自分の“意志”を持って取り組むことは大きな成長に繋がります。くりーふも、「僕が行きたいんだ。」という意志を持てるよう、子どもたちと関わっていきたいと、改めて感じました。
どんな人も、3人目の職人のような子になって欲しいと願うことでしょう。そのためには、時には理由を考えることも大切でしょう。“なぜ”“どうして”と考えること。きっと3番目の職人は、自分でやる意味を見つけやりがいを感じたのかもしれません。でもその考えが前向きなのは、きっと育った環境もあるはずです。周りの大人から言われた言葉や考えがポジティブだからこそ、彼はどうしたらみんなが喜ぶのかを知っているのです。与えられたこと、そこに意味を見つけやりがいを感じる。子どもたちが大人になって仕事をするときに思い出してほしいと感じました。人生の先輩として…。

桃 謙太

2019.10「他人の子を叱れますか?」

先日、光が丘体育館でミニバスの練習試合がありました。ミニバスでは保護者の引率義務があり、6年の長女と4年の次男が所属するチームは6年保護者が引率する慣わしがあり、その日は妻が女子の引率。私は下の子二人を連れて、久々に長女次男の成長を観ようと光が丘体育館まで足を運びました。
到着すると、ちょうど女子の試合。ギャラリー席には男子メンバー。しかし、男子メンバーは女子を応援することもなく、試合を観ることもなく、ケラケラと笑い声を上げたり、歌を歌ったり、挙げ句の果てには「fuck you!」と叫び笑っている子もいます。男子チームは昨年まで2年間、練馬区で優勝するなど区外からも注目されるチーム。ここまで代替わりして文化が変わるものかとショックを受けながらも、私は男子チームの中では所詮4年生の保護者。6年生の保護者を差し置いて彼らを注意するのも出しゃばりかと思い、静観していましたが、5・6年生の保護者も注意しないまま試合が終わりました。
「あ、もう女子試合終わったんだー。どっちが勝ったの?」
「次は男子の試合だぞー。あ!俺ユニフォーム着替えてなかった!わはははは!」
 こんな状態で男子の試合前のウォーミングアップが始まりました。まずはレイアップシュートを打つアップですが列を成していないどころか、3ポイントラインからボールを野球の様に投げる子もいて、まるで小学校の中休み。他のチームにも見られています。変わり果てたチームに落胆し、同時に怒りがこみ上げてきました。
「あまりにひどくないですか?なぜ注意しないのですか!?」
試合後、6年男子の引率保護者に私も詰め寄りました。
「私たちも何度も言っているのですが、彼らが聞かなくて。」
と、お母さん達も成す手がない様で、どこか諦め模様。近くにいた5年生のお父さんにも
「なぜ叱らないのですか?」
と聞いても、
「ああ、、、うう・・・」
と、どうしたらよいか分からない反応。
なぜ、ここまで大人が叱ることをためらっているのか理解に苦しんでいるとき、女子チームの引率だった妻から、
「あなたが叱ってよ!」
と背中を押され、結局、私が出しゃばり、保護者代表で男子全員を集め、数分間説教することになりました。また、堕落した練習の様子も録画したのでYouTubeにあげて全体LINEに流し、保護者全員に共有と家庭教育をお願いしました。当然、私の行動に反発する人も出てくると覚悟の上でしたが、反省や賛同をして連絡をくれたのはたったの3名のお父さん。私が小さい頃は、近所のおじさんおばさんによく叱責されました。親も我が子が他人から叱責されることにも慣れていました。現代は、他人の子を叱責できる大人が少なくなり、他人に我が子を叱責されることに抵抗を持つ大人も多くなったのでしょうか。情けない。私はその子のことを思ってこそ、叱れます。叱らずに育てる?そんなの無理です。叱らずに子育てなど出来ないのです。

くりーふ まつい

2019.9[一粒のお米には七人の神様がいる]

(米)という漢字は、八十八と書きます。なぜこの様な漢字になったかと言うと、昔お米を作るまでに88行程の作業があることから、その行程を用いて、(米)という漢字が生まれたと言われています。
私の実家は農家であり、先日、我が家でも稲刈りを終え、新米が仕上がり、広い田んぼを前に、秋の実りを実感しホッとしていました。いつも変わらないこの風景を見ていると、幼いころのことを思い出しました。
私の家は、両親が共働きだったこともあり、祖母が食事を作ってくれることが多くありました。私は末っ子であり、どんな時も「謙ちゃん、謙ちゃん。」と優しい祖母ですが、そんな祖母にも末っ子パワーが通じないことがあります。それは、ごはん茶碗に一粒でものお米がくっついている時です。
「一粒のお米には七人の神様がいるんだよ!」
「お米を残したら目がつぶれるよ!」
と、少し怖いことも良く言い聞かされていました。近くで農作業をする姿を見ていたからこそ、幼心に“お米を粗末にしてはいけない”とは分かっていても、「七人の神様がいるって、七福神のことかな?だったら会ってみたいな!」など、当時は祖母が伝えたいこととは全く別のことを考えていましたし、祖母の想いを知ろうともしていませんでした。

そんなことを思い出しては微笑んでいると、ちょうどそこに祖母がいたので、この話をすると、祖母も笑いながら、理由があって私に言っていたと、話してくれました。
「一粒のお米には七人の神様がいる」の神様は、私が思っていた七福神ではありませんでした。水、土、風、虫、雲、太陽、そして作る人の七つの意味があるそうです。
水、土…水豊富な水と栄養分の豊かな土は、稲が良く育つ水田をつくる為の水と土
風…1日しかない稲の開花しない間に受粉を行う為の風 
虫…虫はお米を食べる害虫の事ではなく、その害虫を食べる、トンボや蜘蛛の虫
雲、太陽…太陽の光と光を当てすぎない為の雲と太陽
作る人…昔は88の工程を経て米作りをした作る人の苦労
米を育てる米作りにはこの七つの要素が一つでも欠けてしまうと、お米を作ることは出来ないとのことでした。「お米を残すと目がつぶれるよ」や「罰があたるよ」など言葉は、食べ物を粗末にしないようにという想いでしょう。少し小さく見える祖母の背中も、私には今でも大きく見えます。
私は2年前、父を亡くした時から、兄、母の3人で米作りを行っております。父の大きな背中にはまだまだ追いつくことはできませんが、父がずっと見てきた景色を同じ目線で見られていることを嬉しく思っています。
現在では機械化が進み、昔の米作りに比べて楽になってはいますが、米作りの大変さや苦労は今も変わりません。だからこそなのか、くりーふのキャンプ等でお米を残している姿を見ると、いつもにこにこの“桃先生”も、「罰があたるよ!」と、祖母が乗り移ったかというくらいになってしまいます。その時は、何気なく当たり前のように食べていたお米も、子どもたちと、自然の恵みや作っている人への感謝の気持ちを持って噛みしめていきたいと思います。
Culeaf   桃 謙太

2019.9「本能を押し殺せ」

「もう、あいつらとは試合に出たくない。部活を辞める。」
この夏、息子たちの代になり、最初の大会に臨む直前のことだった。
気の弱い息子に呆れ、怒鳴りたい気持ちも抑えながら、息子を部屋に呼びだした。
「負けたら、全部俺のせいにされるんだ。バスケが楽しくない。」
涙をポロリと流しながら事情を話しだす息子。
ここ数年、区で上位に入ってきた息子の学校は、メンバー同士が叱責ながらもチームを引っ張ってきた。しかし、“プラスの声かけ”をし合えないと本当に強いチームにはならないと、変わろうとしていた時でもあった。
「やっぱり、あいつらは変わらない。俺はクラブチームに行く。」
しかし、なかなか変わらないチームの文化に我慢がならず、部活を逃げ出そうとしていたのだ。
チームスポーツで、誰かがミスをしたら、
「何やっているんだよ!ちゃんと取れよ!決めろよ!」
と感情的になるのは、誰もがもっている“本能”であると思います。それを押し殺し「ドンマイ」とプラスの言葉に変えるのは血気盛んな中学生には特に難しいものです。それに残念なのは、部活の顧問ですら、その本能を押し殺せず、暴言を吐いてしまう姿を対外試合でもしばしば拝見します。普段は言葉づかいや道徳を教える立場でもある先生なのに、勝負のかかったスポーツとなると先生も我慢が効かないのでしょう。
 私も先生ですが、親という立場になったとたん、そういった本能を押し殺せず息子へ叱責することもあり、反省することもしばしば・・・。それだけ本能には力があるとも言えますし、それだけ理性が必要とも言えます。
 人の本能は誰にも見られていない、誰にも注意されない環境で出やすいものです。社長は会社で、先生は部活や教室で、親は家庭で・・・。パワハラ、虐待の発覚が遅れるのもそのためでしょう。では、それらの事態を抑制するにはどうしたらよいのでしょう。残念ながら明確な解決策が専門家でも出ないので、これらの社会問題が消えないのだと思います。しかし、我が家では過去にこんなルールを作ったことがあります。
「“うざい!”と言ったら100円罰金!」
これは見事に成功し、家庭から“うざい”という言葉はなくなりました。

「みんな反省しているから部活に戻ってきて。マイナス発言はしないとルールを決めたんだ。」
チームメイトが弱い息子のためにルールを決めて救ってくれた。
先日の区民大会初戦。ミスが多く逆転される場面もある苦しい展開。息子のミスもあった。イライラしたと思う。そんな中、誰もキレることなくプラスの声をかけあった。プラスの声かけがどれだけ結果に結びつくのか楽しみなほど強くなった。そんなチームが優勝してほしい。

くりーふ まつい

2019.7[感謝の言葉]

「感謝」と聞くと思い浮かべるのは、「ありがとう」の言葉。「ありがとう」の言葉には心が温かくなり、自然と笑顔が溢れる不思議な力を持っていると思います。誰かに優しくされた時、海外では、ThankyouやMerciと返します。しかし、日本では「すみません」と頭を下げてしまう習慣がついています。実際に私も「すみません」が口癖になってしまっていると感じます。
「すみません」と「ありがとう」は同じ使い方の言葉ですが、受け取る印象は全く違います。「すみません」と聞くと、どことなく心が沈む印象を受けますが「ありがとう」と言われると照れくさいような、嬉しい気持ちになるような気がします。「すみません」の言葉を「ありがとう」に言い換えるだけでだいぶ印象が変わります。

私には、「ありがとう」の言葉を伝えたかった人がいます。
私が進路や上京で悩んでいた時も「自分の生き方だから」と温かく見守ってくれ、口数は少ないけれどいつも家族の幸せを願ってくれている頼りがいのある父です。私にも思春期や反抗期もあり、直接話をすることを“恥ずかしい”と思う時期もありました。そのもどかしさと、どうしようもできなく、ただもがいていたのが五年前の冬です。普通に過ごしている日常の中で私にかかってきた一本の電話は、
「お父さん、癌なんだって…。」
という、母親の小さな声でした。すぐに実家まで車を走らせ、息をきらす私に、父は、
「謙太、おかえり!酒でも飲むか!」
と、いつもと変わらない父親の姿がありました。“癌だ”という母親からの電話は嘘なのではないかと思いましたが、お酒を取りに行く母の背中はいつもより小さく、震える様子から涙を流していることが分かり、これは嘘ではないんだと実感しました。
「おとう、癌なんだわ。家族のこと頼むな。」
そう、笑顔で私の肩を掴む父の手はぶるぶると、私に伝わり、その震えが伝わる度に、我慢していた涙が零れ落ちました。それと同時に、癌の進行が進んでいることも感じ取られました。
それからすぐに、専門的に治療をしている大きな大学病院へ入院することになりました。お見舞いに行くと、どうやって家族を笑わせようとおどけてみたり、心配をかけまいと気丈に振る舞う父を見るたびに心がきゅっとしました。
腫瘍が大きく、すぐには手術が出来ず、抗がん剤や放射線治療を繰り返し、日に日に弱っていく父。農業で鍛えられた逞しい腕も子どもの腕のように細くなっていきました。それでも父は変わらずに家族のことを一番に考えています。そんな父に、私は目を合わせることもできなくなっていきました。
治療を始めて半年、無情にも父の癌はリンパに転移していた為、脳や全身に転移し手の施しようがありませんでした。
「家に帰って、昔のようにみんなで母ちゃんの作る冷や麦が食いたいなぁ。」
そういう父の願いを叶えるため、母親が看護師、兄が介護師ということもあり、実家での治療を行うようにしました。私もできるだけ父との時間を作る為、一人暮らしの家を離れ、実家から仕事に通うことにしたのです。
仕事でどうしても家に帰れず、その日は会社に泊まることになった日の事です。母からも、「お父さんは安定しているし、頑張っておいで。」と送り出してもらいました。そんな中、夜中に携帯が鳴り、姉から泣きそうな声で「お父さんが危ない!」と言われ、急いで病院へ向かいましたが、父と最後に会うことが出来ず、父に何も伝えることができず、ただただ声を出して泣くだけでした。
闘病生活の中でも「ありがとう」を伝える機会はあったはずなのに。気恥ずかしさや、これを言ったら目を閉じてしまうのではないか、もっと生きてほしいという願いもあり最後まで「ありがとう」と感謝の言葉を伝えることが出来ませんでした。父の葬儀の日、伝えきれない「ありがとう」を手紙に書きました。その時の悔しさや後悔は二度と経験をしたくないし、可愛い子どもたちにも経験をさせたくありません。
 「ありがとう」の感謝の言葉ももちろんですが、自分の気持ちを言葉にすることは大切なことです。“好きだよ”と思っていても、やはり言葉にされると嬉しいものです。直接相手に伝えられることの幸せ、そして、今しか言えない“想い”を声に出す大切さを子どもたちに伝えていきます。

くりーふ  桃 謙太