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保護中: 2018.11「渋ハロ?」

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2018.10「1点の重み」

「じゅう!きゅう!はち、なな、ろく、」

「ピーーーー!」

バスケ部の区民大会準決勝。2点リードの谷原中学。ボールを奪った谷原中キャプテンがものすごい速さでドリブルをし、残り5秒で決勝点を決めようとするが、相手チームの必死のディフェンスにより得点は阻止されます。しかし、ファールをもらいフリースロー。2本決めれば勝利はほぼ確定。だが、この緊迫した中、1投目を落としてしまう。2投目は決まり3点差。相手チームのタイムアウトの後、3ポイントシュートを警戒し、残り5秒でゲーム再開。相手チームのエースがボールを持つが、執拗なディフェンスによりシュートを打たせない。

「にー、いち!」

苦し紛れにパスを出すしかない相手のエース。谷原中の勝利かと思った時、パスを受け取った選手が半ば投げる様に投じたロングシュート。

「ガ、コン!!」

ボールがボードにあたりリングに吸い込まれた。その後、延長戦となったが退場者が多く出ていた谷原中は敗退。選手達は1点の重みを感じ、涙を流した。

話は変わりますが、首都圏の中学受験比率は22%。約5人に1人が受験する。世界一の教育といわれるオランダも中学受験が盛んなようだが、その内容が日本とはまったく違う。オランダは期末テストなど各学年での成績が蓄積されており、その蓄積された成績表をもとに進学する中学を決めるようだ。要するに日本の様に一度のテストの点によって進学先が決まるのではなく、小学校での経歴がみられるわけです。日本は一度しかない本番のテストの1点の重みが大きく、6年生の時には特に過度な負担がかかります。あるアンケートによると就寝時間「22時〜23時」が49%、「23時〜0時」が32%と、最も身体が成長するときに大切な睡眠時間を削らざるをえないのです。当然、脳の発育にもよくないのです。2020年学習指導要領が変わり、よりよい授業内容になりそうですが、そもそもの受験システムを変える方が日本の教育において優先なのではないでしょうか。スポーツにおいても日本の受験においても1点の重みは大きい。しかし、受験の方は模試がよくても、その日のアクシデントで報われなかった話もよく聞く。スポーツにおいても大会などの成績も大切だが、その選手の能力そのものをみてスカウトが来る。また、スポーツは勝っても負けても向上心が芽生える事が多いが、受験を終えた中学生が「もう勉強も受験もしたくない」と言っている話もよく聞く。

我が家の長男も谷原中学のバスケ部に入り毎日練習に励みながら、朝や休日に勉強も少しはしている様です。先日の英単語のテスト。99点だったと1点の重みを感じたようですが、間違った単語がまさかの「basketball」。「basketdall」と、「b」を「d」を間違えるのだから、バスケも勉強もまだまだ足りてないようです。

Culeafまつい

2018.9「やりすぎはだめ!」

4月からくりーふキッズスクールに通う年中のつかさ。毎回の思考実験が楽しいようで、

「幼稚園より、くりーふが好き!早く行きたい!」

と幼稚園から帰ってくるなり、足早に教室に向かうほど。数への好奇心も芽生えてきたのか、小学生の兄がやっている計算くりーふ(計算ドリル)をみて、

「ぼくもやりたい!」

と言うので、1年生の簡単のものを与えました。

「やりすぎはだめだよ!」

天邪鬼なつかさには効果てきめんと思い、以前から試したかったこの言葉の実験をすることにしました。

 

人は「やれ!やれ!」と言われたらやる気をなくしますが、その逆を言えばやるようになるのではと、子どもに試したかったこの言葉。案の定、

「え〜、もっとやっちゃうもんね〜」

と私が目を離している間に、数ページをノリノリでこなしたようです。

その後も

「やりすぎはだめだよ!」

という度に、いたずらな微笑みを見せながら

「いっぱい、やっちゃうもんねー」

と進んで勉強に取り組みます。

これは面白いと、3年生の次男にも

「1日1ページしか、やってはだめだよ!」

と言うと、今まで無理やりでもやらなかった次男も毎朝2ページするようになりました。

 

いたずら好きな子どもは多いですが、彼らの多くは意外性を求めているのではないでしょうか。予想と反することをして人が驚くのを楽しむのです。また、自分に注目を集めたいのです。だから、いたずら好きな子ほど、天邪鬼だったりします。

「勉強はやりすぎてはだめ!」

「え!いいの?じゃあ止める〜」

中一の長男に通じなかったですが、我が家のいたずらっ子たちにはこの言葉の実験続けてみます。

 

Culeafまつい

2018.7「ほぼほぼ、一生使わない」

「溶岩とマグマの違いってわかる?」

中一の長男が初の期末テストに備えて、勉強をしている。

「ん〜。なんだったかな。忘れたわー。どう違うの?」

「塾の先生なのに、そんなこと知らないの?」

少しカチンときた私は、

「一所懸命勉強しているところ申し訳ないが、そんな知識は、大人になって、ほぼほぼ、一生使わないからな。」

と言い返してしました。

 

しかし、これは感情的になって言っただけではなく、私が普段から今の学校教育に関して思っていることです。戦後70年が経ち、一家に一台パソコンがあり、インターネットが普及し、仕事内容も変わり、求める人材も変わったにも関わらず、なぜか学校教育は大きく変わらない。子どもたちの問題集を見ても、まだゾウリムシとミドリムシがどちらかを問うものや、玄武岩や流紋岩、安山岩を漢字から覚えないといけないものなどがある。もちろん、教育は不変的でなければいけないものもあり、また、知識はないよりあった方が良いのは事実です。しかし、知識偏重型から知識活用型に変わらなければいけないと言われて少なくとも数年は経っています。学校の先生も何かに縛られて授業を行わないといけないのもわかりますが、ゾウリムシやミドリムシの違い、玄武岩や流紋岩の違いを覚える時間があったら他の学習に時間をさいてほしいと思うのは私だけでしょうか。

ちなみに、長男は期末テストで、玄武岩の「武」の跳ねるところを跳ねて書いていなかったために×だったようです。それは国語の問題であり、理科の習熟度を測る採点としては少々厳しすぎるようにも感じます。

 

長男は塾には行っていませんが、周りの友達の話を聞くと部活の後に塾に行き、塾から帰り学校の宿題と塾の宿題を済ませると寝るのが12時を超えることも多いようです。身体が大きくなる人生で最後のこの期間に、有意義な学習で成長や健康にハンデを追うのであればまだしも、知識偏重型の教育で、子どもの成長や健康を害するのはやめてほしいものです。

 

「一平、魔王の作曲者はだれだか覚えている?」

音楽のテスト当日、妻から抜き打ちの質問。

「え〜っと、あれ、なんだっけ・・・  シートベルト」

またまた朝から家族大爆笑。それでは身体を守れても、品格は守れない。

ある程度の知識は必要ですね。

 

Culeafまつい

2018.6「調べ好きへ」

「“横”という漢字の部首は、なぜ“木(きへん)”なのか知っていますか?」

「昔、門が開かないようにさしわたす“かんぬき”を指す漢字で、かんぬきが木で出来ていたので、部首が“木”なのは、そのなごりだそうです。」

娘の美澪がクラスの日直として、行ったスピーチ。

「どうしよー。お父さん、明日、日直なんだけど、何を言ったらいい?」

と、日直前日の21時を過ぎてから右往左往しだす美澪。以前、私が購入していた「漢字ときあかし辞典」があったので、そこから引用して何とかスピーチが完成しました。

理系の私には、理屈から漢字を学べる「ときあかし辞典」は重宝する一冊。そんな“横”の成り立ちをくりーふの授業でも話をしていると、好奇心旺盛な5年生のしょうたろう君から、

「じゃあ、じょう先生。漢字の“漢”はなぜ水を表す“氵(さんずい)”なの?」

と質問が飛んできました。恥かしながら即答できなかったので、私の宿題としてその日は持ち帰りました。

「漢字の“漢”は、昔、中国に漢という川が流れていて、その川を中心に文明が発展し、漢という国ができ、そこで生まれた文字なので“漢”字だそうです。」

「ちなみに、インダス文明やエジプト文明など昔から川の周辺で文明が起きるのはなぜだか知っている?・・・」

と、翌週には、質問への回答とともに話を発展させることもできました。

 

これからの時代は、多くの知識を持っている知識偏重型よりも、調べる力や知識を活かす知識活用型が大切と言われます。では、その“調べる力”はどうしたら身につくのか考えさせられます。

私の答えはやはり「好奇心」です。

娘の様に、日直のスピーチなど差し迫った課題があれば「漢字ときあかし辞典」も開くかもしれませんが、漢字への好奇心がない限り、あまり自ら開くものではありません。

では、「好奇心」はどのように育めばいいの?と質問が飛んできそうですが、一筋縄ではいきません。様々なアプローチや環境が必要です。ただ、無理やりさせたり、与え過ぎると好奇心は育たないことは確かです。

 

この4月からキッズスクール光が丘に楽しく通いだした次男の斗哉。好奇心が芽生え始めたのか、ある日、張り切って学校に辞典を持っていきました。学校から帰ってくると、

「辞典の引き方がわからなかった・・・」

と苦笑い。ランドセルの覗いてみると、なんと、「和英辞典」が入っていました。

次男には好奇心とは別に、育まなければいけないことがあるようです。

Culeafまつい

2018.5「大家族の宿命」

「とうやが家に帰ってきてから3時間。まだ宿題が終わらず。つかさにちょっかいを出したり、態度が悪かったり。今一度、親子で勉強に対する取り組みの約束決めたいです。」

妻から悲痛とも言えるLINEが、ふて腐れている次男の動画とともに、仕事中に送られてきた。仕事中だと分かっているのに私に送ってくるということは、妻のうっぷんが相当たまっている証拠。動画は5年生の長女が次男に気づかれないように撮っている。その姿の後方のキッチンでは、中学1年になった長男が、

「これ、うっめ〜!」

と、何かを食べながら叫んでいると思ったら、

「こら!だめだぞ、ふざけるな!」

と、三男を叱りはじめた。映像に姿はないが、1歳の次女の会話にもなっていない声もする。

そんな中、3年生の次男は、テーブルの上に学校の宿題の漢字ノートを広げたまま、椅子に膝を立てて横を向き、消しゴムをいじりながら一向に勉強する気配がない。妻だけでなく、きっと長男長女にも勉強を強要され、完全にやる気がなくなっているのがよくわかる。

松井家には、子どもたちそれぞれの部屋も学習机もないため、子どもたちはダイニングテーブルで勉強をします。それゆえに、周りが騒がしい状況で勉強しなければならないことがほとんど。妻の悲痛な悩みも分かりますが、この環境で勉強に集中しろというのも少し無理があると感じました。

別の日、私が2Fにいるとき、長男が1Fダイニングテーブルで勉強をはじめました。長男は塾に行かず、iPadで授業を受けられるコンテンツで勉強をするスタイルで中学を過ごすらしい。そこに長女が友達を連れて帰ってきました。騒がしい女子たちの声が、私のいる2Fまで聞こえてきます。

「こんな中、よく勉強ができるな。」

と、1Fを覗き込んだら、長男はイヤホンをして授業に集中していました。

「なるほど!」

と、思いましたが、イヤホンでは完全に外からの声を遮断できないのでしょう。翌日、長男から、

「ヘッドホンを買ってほしい。」

と、お願いされ、早速amazonで購入。長男からは高評価の学習アイテムになりました。

次男の学習対策は、これだけでは足らなそうですが、まずはヘッドホンをさせて、外からの音を遮断し、宿題に集中できないか試そうと思います。

それにしても、学習環境は大切ですね。これからも与えられた環境の中で、対策を考え続けます。

 

 

Culeafまつい

2018.4「親には言えない話」

「としまえんのチケットを買ってきて。」

春休み。5年生になる長女が、友だち同士でとしまえんに行くらしい。妻に言われるがままに子ども用チケット4枚を練馬駅前まで買いに行ってきた。

「チケット買ってきたよ。」

「ありがとう。」

「ところで、誰と行くの?」

「クラスの友だち。男の子2人と、女の子1人。」

「ふ〜ん。」

少しひっかかりを残しながらも、友だち同士の遠足のようなものと自分に言い聞かせ、細かいことを聞かない広い心をもった父親ぶりを演じる。数日後。

「大人用チケットを1枚追加購入してほしい。」

妻に言われ、わけを聞いたら、

「男の子のお母さんが、子どもだけで行かすのはだめだ、ということになり、中止しようとしたら、男の子がどうしても行きたいと言うので、私が付いて行くことになったの。」

妻が付いていく安心感と、男の子の執着心に対する不安が混ざり合う。

「どうしてもとしまえんに行きたいのか、どうしてもうちの娘と行きたいのか。」

変な詮索をしてしまう。しかし、ここでも寛大な父親を見せたいので、妻と娘にはあえて何も聞かない。

としまえんへの遠足を終えた数日後、食卓で子どもたちに何気なく聞いてみた。

「お前たちは・・・好きな人とかいるのか?」

「・・・いないよ」

娘が真顔で答える。妻も、

「この子たちは、いないよ。」

しかし、私は知っている。子どもは本当のことを言わないってことも・・・。

「みんなは好きな人がいても、親には言うの?」

「先生、言うわけないじゃん!親には好きな人がいても絶対に言わない。特にお父さんにはね!」

と、Culeafの子ども達から教えてもらっていたのだ。

恋愛はさておいても、親には言えないことが増えてくる高学年。友達関係、いじめ、勉強の悩み、せめてCuleafの先生としては、親に言えない話も聞かせてもらえる存在でいたい。

しかし、親も子どもに聞きにくくなってくることも増えてくるのだなとも感じる今日この頃です。

Culeafまつい

2017.4〜ここが居場所になるように〜

ご入学、ご進級、おめでとうございます。

本年度より教室長となります野田(のだ)康(こう)介(すけ)と申します。宜しくお願い致します。

私は教室で子どもたちに、言葉だけではなく体全体で「大好きだよ」という気持ちを一番伝えていきたいと思っています。

以前の教室にいた自信が持てない、1年生のY君。小学校の入学をきっかけにくりーふと同時にサッカーを習い始めました。

しかし、サッカーは「行きたくない」と言い、道具などを揃えたのに2回で辞めてしまいました。

学校では計算が苦手で、一人で考えること、文を読むことができないとお母様は言っていましたが、私から見るとできないのではなく、“やらない”という印象でした。

私はY君に態度や「○○ができるY君が先生は好きだな」という言葉で目一杯「好きだ」ということ、くりーふの教室が居場所なんだと伝え、自信を持って挑戦ができる様にと、伝えていきました。

何度も何度も繰り返し、心から好きだということを伝えていくことで少しずつY君も自信が持て、自分で挑戦が出来るようになってきました。

3週間に1回くらいのペースで「野田先生は僕のことを好きだと言ってくれます。なので、僕は野田先生のことが大好きです。嫌なことがあってもくりーふは絶対にやめたくないです。」など、嬉しい作文を書いてくれるようになりました。

この時にも「誰かを喜ばすことの出来る作文を書けるY君はかっこいいね。」など、プラスの声掛けをします。Y君のお母さんも私の声掛けを真似してお家でY君にたくさん言葉で好きだと伝えてくれたとのことです。

 

 

 

一人っ子で周りの子と比べてばかりであったが、Y君のことだけを見ることで成長を感じるようになったと話してくれました。子どもたちはお母さんのことが世界で一番大好です。それは当たり前過ぎることで、言葉にはなかなか出さなくなっていきます。また、子どもたちが成長をしていくと、お互いに恥ずかしくなり、余計に言えなくなります。しかし、どんなに成長をしても、「大好きだ」というお母様の言葉はとても嬉しいものです。

もちろん、直接伝えることが一番素敵なことなのですが、実は間接的に伝えることで、その何倍も成長することがあります。

子どもは特にお母さんの声には敏感になります。もし大好きなお母さんとお父さんの話の中で「最近○○がこんな風に頑張っているのよ」や「○○がすごいんだよ」などの話を嬉しそうにしている姿を見たものなら、子どもは喜びに満ちた顔をして、「よし!もっとお父さんとお母さんを笑顔にしてみせるぞ!」と、いつの間にか努力をしはじめます。それはお友達のお母さんとの会話や、お母さんと学校の先生との会話でも同じです。

言葉の力は絶大です。毎日を振り返って、しっかりと子どもに「大好きだ」と伝えられているでしょうか。

私もお母様方に負けないよう、これから教室の子どもたちのことを愛し、講師と一緒に「好きだ」と伝えていきたいと思います。

この教室が子どもたちにとって、とてもあたたかい場所で、居場所となれるよう、そして成長につなげていけるよう努めてまいります。

これからどうぞよろしくお願いいたします。

 

教室長 野田 康介